マキナの異世界探訪録

2024.04.29 Misskey.design投稿作品

1.プロローグ

白い箱で囲まれた世界。マキナの自由帳であり、遊び場であり、彼女の世界そのもの。
そしてその世界の主たる少女は今、目を回していた。

「――これが概要だね。マキ、どう、出来そう?」

資料を背にマキナへ振り向くもう1人の少女。桜色の髪が揺れ、桜色の瞳がマキナへと向いた。
彼女はスー。この世界のもう1人の登場人物であり、マキナの謎多き友人だった。

「か、簡単にもう一度……難しすぎませんか?」

目を回し、頭を抱えながら、マキナはゆっくりとスーに向き直る。

「今のも結構簡略化したんだけど……待ってて、もう少し考える。」

今度はスーが頭を抱える。足元に積まれた資料をいくつか拾い上げると、考え込んでしまった。
時々宙を見上げ、時々資料とにらみ合い、情報をかいつまんで手元のバインダーに書き込んでいく。
しばらくすると、ぱたんとバインダーを閉じて向き直った。

「よし纏まった。準備は良い?」
「覚悟はできました。」
「じゃあ説明するね。んん……では、これからの『並行世界干渉』の練習について!」

より目を輝かせたスーの「行ってみよう!」を皮切りに、彼女の口から難解な説明が流れ出す。
やや優しくなったように感じるその説明をマキナは必死に追っていく。『並行世界干渉』。彼女の講義を要約すると、マキナの性質、スーの性質、そういったものを色々利用し、別の世界へ旅行をしてみようという計画らしい。

「――これで説明は全部!今度は大丈夫かな?」

長い長い講義を終え、きらきらとした満足げな表情でスーはマキナに向き直る。

「なんとか行けます。多分。」

彼女とは対照的に、疲れ果てた表情のマキナは何とか書き上げたメモを懐に仕舞った。

「よし、じゃあ準備しよっか!」

マキナは用意した肩掛けのボストンバッグに荷物を詰め込んでいく。まずは食料、衣料、あとは軽いキャンプ用品。あとは……
荷物を吟味していると、スーに肩を叩かれた。

「あ、これも渡しておくね。」
「何ですこれ?メモ?」
「『遠足のしおり』と時計。あとは通信機かな。お守りだから無くさないでね?」

彼女から手渡されたお守りは、4つ折りになったメモ書き、液晶が付いた小さな時計、そして携帯電話かトランシーバーのようなもの。全てスーさん印と書かれているステッカーが貼られていた。

「これは?」
「初めての干渉、いや、旅行といったほうがいいかな。そこで何が起きるかわからないからね。ちゃんと遠足のしおりも読むんだよ?」

スーに促され、マキナは遠足のしおりを開く。そこには今回の旅行の概要、注意、そして『約束』と書かれた欄があった。
しおりに書かれていた約束は3つ。

ひとつ、旅行が終わったら必ず帰ってくること。
ふたつ、時々通信機で連絡を取ること。
みっつ、今回の旅行は24時間まで。

「1つ目と2つ目は私がマキを見失わないため、3つ目は初めてだからだね。万が一何かあったら私を呼ぶんだ。わかった?」
「わかりました。」

スーの補足を聞き流しつつ、マキナは荷造りを再開する。
今回の旅行は性質上、到着地点の予測が出来ず、どこに着くかわからない。
しかし条件が揃った時、もしくは練習を重ねていけば、自分の意思で自在に行ったり来たりすることもできるらしい。

「さて、準備はできたかな?」
「ばっちりです。……ややバッグが重いですが。」

これでもかと詰め込んだボストンバッグはぎちぎちになっていた。マキナは不安そうにファスナーを触る。

「準備はしておいて損はなし!じゃあ早速――」

スーが瞳を閉じ、大きく息をつく。

空気が変わった。
ぱちんと両手を合わせる。
桜色の髪がふわりと揺れる。
髪の一本一本に光が集まってゆく。
目を開くと、桜色の瞳が煌々と輝いていた。
そのまま深く息を吸い込み、右手を持ち上げ――

「行ってみよう!」

そう言うと、持ち上げた右手を宙に置いた。
ぷつ、と指先が宙に刺さる。
そのまま大きく、ゆっくり円を描く。
手の動きに合わせて空間が円く切り取られ、ひらりと外れて落ちる。
輝いていたスーの瞳の光が徐々に落ち着き、やがて元に戻っていった。

「……魔法みたいですね。」

ぽっかりと空いた旅行への入口を見て、マキナが口を開く。

「あ、そう見えた?良かったあ。あれはね、マキに魔法っぽく見えることが重要なんだ。観測者、この場合はマキの『魔法みたいなことをすれば魔法みたいな現象が起きる』と、そういう認識があってこその――」

興奮した様子でスーは語りだす。
しまった、とマキナは思った。このままではまた長い補講が始まってしまう。咄嗟にボストンバッグを掴み、入口へと走る。

「では行ってきます!」

入口へ飛び込むと、眩しい光に包まれた。思わず目を瞑る。

「あ!行ってらっしゃーい!気をつけて!」

スーの声が背後から聞こえ、入口は閉じた。

2.到着

入口を通り抜け、数歩歩く。
マキナがふと顔を上げると、周囲の景色が一変していた。夕焼けの色に染まった朱い空。見渡す限り、白い壁と屋根のマンションが立ち並んでいた。
建物を眺めると、知っているものより遥かに大きい気がする。数百人、もしかしたら千人は入りそうだと感じた。
マンションの外壁を見ると、使用感は感じるものの経年劣化は感じられず、新築のような雰囲気があった。
太陽は建物の影に隠れてしまっており、団地は差し込む夕焼けと落ちた影の2色に塗られている。

少し歩いてみることにしたマキナは、建物の並びに沿って団地を進んでいく。同じような建物が規則正しく建てられていて、どれも同じように新しく感じられた。

「おおー……『新築団地』とでも呼ぼうかな?」

更に歩く。道路の舗装も経年劣化は感じられない。
新築団地は道路も新築なのかも。そんなことを考えていると、ふと違和感に気がついた。
街路樹はじめ、草木が見当たらない。道路の両脇にはそれらしきスペースがあるにも関わらず、植物が生えていない。もしかしたら、この団地は未完成で、まだ木を植える前なのかもしれない。

マキナはしまった、という表情でふと立ち止まり、バッグから時計を取り出す。
すっかり忘れていた時計を叩くと、画面が点灯し、『門限まで:あと24時間』と言う文字とデフォルメされたスーのイラストが表示された。
カウントがスタートしたことを確認し、妙なこだわりを感じる時計をバッグへ仕舞うと、今度はバッグの中の通信機の電源が付いた音がした。

「あ、あー。見つけた。聞こえてるかな?どうぞー?」

続けて、スーの声が聞こえてきた。応答のボタンを押す。

「はーい、こちらマキナ。聞こえてます。」
「接続良好。あ、時計つけるの忘れてたでしょ。」

どういう技術なのかわからないが、どうやらマキナの時計の付け忘れはバレていたらしい。

「バレましたか。」
「こら。帰り道の命綱なんだから頼むよー。とりあえずこれでマキは見つけられたから大丈夫かな。」
「えっと、今は夕方で、団地……みたいなところに居ます。新築みたい。」
「なるほど団地。森の中とか海上とか、危険なところじゃなくて良かった。」
「えっ待って危険なところに出る可能性あったんですか?」
「そうなったら私が無理やり戻す算段だったよ。なんだったら、これから危なくなったら呼んでくれれば迎えに行くからね。」
「頼もしい限りです。では。」
「楽しんでねー!」

通信を切り、まだまだ団地を進んでいく。しばらく歩くと、団地のちょっとした隙間から都市の中心部らしき場所へと向かう道が見え、その奥にはひとつの巨大な木が見えた。
大半は周囲の建物に隠れてしまって見えない。それでも木の異常な大きさがわかる。木からは無数の枝がびっしりと伸びていて、まるで空に根を張っているようだった。

「高さ、数kmはありそうですね……」

さらに歩いていくと、団地の隙間からちらちらと木が見え、その大きさがより鮮明になる。周囲の他の建物と比べてあまりに大きさが違い、遠近感がどうしても狂ってしまう。
次の目的地はあの木にしよう。道を見つけるために適当な団地の屋上を借りることにした。

「あのー?」

軽く呼んでみるが、団地の入口エントランスには誰もいない。そして中もしんと静まり返っている。

「こんにちはー?」

返事はない。軽く1階を見渡しても誰も見当たらない。管理人の気配もない。
住人を探し回るマキナの靴音だけが反響している。仕方がないので、屋内階段を借りる。途中で誰かに会ったら挨拶をしよう。
階段を登りながら、周りの様子を確認する。新築団地は内装まで新築らしく、塗装のヒビや汚れすらない。曇りガラスの窓から差し込む夕焼けも相まって、不気味に感じた。

足が疲れ、息も切れてきた頃、屋上に出るドアにたどり着いた。幸い鍵は掛かっていないようで、マキナがドアノブを軽く回すとドアが開いた。
開けた瞬間、彼女の目に夕焼けが飛び込んできた。一瞬のうちに視界が朱色に包まれ、とっさに腕で覆う。
西日を腕で遮りつつ、屋上へ出る。ゆっくり目を慣らしつつ、周囲を見渡してみる。

「おお、これはなかなか良い景色で――」

――目に飛び込んできた異常な光景に、彼女の感想は遮られた。

夕日を背にそびえ立っているのは、道中、ちらちらと見えていたあの巨大な木。建物で隠れていた全貌が見えた。夕焼けの朱い空に大きく大きく枝とその影を伸ばし、雲を空に縫い付けていた。
その木を中心に見渡す限り団地が広がっている。そして、木は枝と同じように広く広く根を張り、波のようになって周囲の建物を呑み込んでいる。まるで木が街と空をがっしりと掴んでいるようだった。

そして、木の幹の横腹に向けて、背部から煙を噴射し飛んでいく1基のミサイル。いや、飛んでいくというより浮かんでいる。
そのミサイルは発射され、空を切り裂き、高速で目標へ迫る……ような格好をして空中に留まっている。ミサイルの背後から伸びた煙も同じように留まっていた。しかし、偽物や展示品には見えなかった。
ミサイルの煙は、彼女がいる建物の近くから伸びており、そこには軍隊でよく見るような、発射台を積んだ車が停まっていた。

「旅行一回目から妙なところ引きましたね……」

口からはあ、とため息が零れた。
この誰もいない団地は。あの木は。ミサイルは。頭にぐるぐると疑問が渦を巻く。目の前に広がる光景からどうしようもない不気味さと不安が染みこんできた。
ふと思い立ち、マキナはおもむろにバッグから時計を取り出して、落とす。
かしゃん。時計は彼女の手からするりと滑り落ち、屋上に落ちた。

「私以外の時間が止まっている、ということは無いようですね。考えすぎでよかった。」

マキナの足元に光が漏れる。落とした拍子に時計の液晶が付いたらしく、『門限まで:あと23時間』と表示されている。まだ1時間しか経っていないのか。
マキナは気を取り直して身体の感覚を確認する。少し疲労はあるが、体調に問題はない。
しかし、念には念を入れよう。問題が起きる前にスーさんを呼んで帰ろう。そう思い、通信機のスイッチを入れる。

「もしもし、マキナです。なんだかちょっとまずそうな雰囲気です。お迎えをお願いしても良いですか?」

「あれ、もしもし?スーさん?どうぞ?」

「あー……。参りましたね?」

彼女の口から2回目のため息が漏れる。通信機からは断続的なノイズしか聞こえなくなっていた。役に立たなくなった通信機をバッグへ押し込む。
旅行の入口は通り抜けた時点で閉じている。帰り道は思いつかない。夕日は未だに赤々としており、空に呑みこまれそうに感じたマキナは咄嗟に目を逸らした。

しばらく考えこんだ後、帰り道のヒントを掴むまで彼女は例の木について調べてみることにした。この世界の大きな疑問の1つであり、あれだけの存在感がある。何も情報が無いとは思えなかった。
目的地は近場にあったミサイルの発射地点。屋上のドアをくぐり、今度は階段を下っていく。やはり住民にすれ違うことはなかった。

3.管理人室

「もしもーし。こんにちは……入りますよー?」

マキナは屋上を借りた建物から離れ、ミサイル発射地点と思わしき建物へとたどり着いていた。声を掛けてみるが、やはり返事はない。
道中にも人の姿は無かった。この場所にはもう人は、いや生物は居ないのかもしれない。マキナと、あの木を除いて。
通信機には何度か着信があったが、どれも一瞬で切れてしまい、こちらからかけ直した通信もすべて繋がらなかった。

玄関前に停まっている、ミサイルを発射したであろう車を通り過ぎて建物に入ると、先ほどの建物とはまるで違う雰囲気だった。
計算式が書かれているもの、何かの図、表、写真。様々な種類の書類や紙が壁一面にびっしりと貼られている。
書類はエントランス一面を埋め尽くしており、管理人室と思われる場所まで伸びていた。一部の書類は剥がれ落ちており、剥がれ落ちた瞬間の姿勢のまま空中に留まっているものもある。
貼られている書類を眺めるうち、マキナはあることに気が付いた。エントランスにある書類、これは全て印刷されている。おそらくパソコンで作られたものだろう。
しかし、管理人室に近づくにつれ、手書きの文字や図が増えていく。最終的にすべて手書きの書類になり、管理人室に辿り着いた。
マキナはドアの前に立ち、軽く咳ばらいをした。続けてノックを3回し、ドアノブに手を掛ける。

「こんにちは。お邪魔しまーす……?」

やはり人はいなかったが、管理人室の内部はエントランス以上に改装されている。外部から持ち込まれたであろう、いくつもの見たことの無い機械が無数のケーブルで接続されており、手書きの書類の山の中に乱雑に設置されていた。
部屋の下にはケーブルが集中しているノートパソコンがあった。おそらくこの部屋の主が使っていたものだろう。
ボタンを押してみる。電源は付かなかった。

「こういう時は……日誌でも探すのがセオリーでしょうか。」

この世界に何が起こっているのか。あの木は一体何なのか。せめて何か情報が見つかれば。
山積みの書類をかき分け、片っ端からひっくり返し、読む。乱雑な字だが、高い教養を感じさせる内容が多い。ほとんどは何かの途中式がびっしりと書かれた計算のメモだったが、時々、そのメモの中に走り書きでのコメントが書き込まれている。
ひとつひとつ読みながら、情報ごとに書類を整理していく。

やがて散らばっていた書類はマキナの手によって束になり、部屋の端へ纏められた。

一息ついて、彼女は椅子に腰かける。きぃ、と椅子がきしむ音がする。かなりの疲労感があった。
机に突っ伏し、目を閉じる。
纏めた書類はあとで読もう。
少しだけ、少しだけ仮眠をしよう――。

……。

…………。

――通信機の着信音で目を覚ます。咄嗟に手に取るも、やはりノイズしか流れず通話はできなかった。
どれくらいの時間眠っていたのだろう。マキナは時計を取り出す。液晶には『門限まで:あと22時間30分』と表示されていた。
違和感に思わず飛び起きる。おかしい。あの屋上で木を見てから30分しか経っていない訳がない。ここまで歩いて移動して、書類を片付けた上に仮眠まで取っている。

外に飛び出す。この世界に足を踏み入れた時と変わらず、夕焼けが街、木、ミサイルを照らしていた。
頭を抱え、もう一度時計を落としてみる。時計は気の抜けた風船のように床に落ち、ゆっくりとバウンドした。まるでスローモーション再生のようだった。

「……あの時の予想、当たりましたかね。」

以前屋上で落としたときよりも明らかに落下速度が遅くなっている。この重さのものがゆっくりと落ちるはずはない。
それに、あの屋上でこの違和感に気が付くべきだった。今にも地平線に落ちそうな夕焼けが1時間も続くはずが無かった。
通信機の不調も時計のこれと同じ原因と考えて良いかもしれない。

今すぐ情報を調べなければ。管理人室に戻ろうとしたマキナは、ふと足を止めた。止まっていると思ったミサイルが、少しだけ動いている。じっと観察しないと分からないが、少しづつ、少しづつ空中を進んでいる。

「なるほど。さしずめ私たちは『まだ動いている仲間』……といったところでしょうか。」

物体が静止する世界に反抗するように進むミサイルに、マキナは少しだけ勇気づけられたような気がした。
管理人室に戻り、先ほど纏めた書類を手に取る。ここに何か状況を打開するヒントが書かれているかもしれない。

4.帰還の糸口

「もしもし!もしもし!!あー早速トラブってるじゃん!もう!!」

スーは荒っぽく通信を切る。もうずっと、何回も通信を試していたが、間延びした、低音のノイズが走るだけで一回もまともに繋がっていなかった。
マキナの存在は感じる。感じるといっても、存在だけ。どこかの世界にマキナが健在している。スーの手元にある情報はこれしかない。
そもそもマキナは今、無数にある並行世界のうちの1つに行っている。ピンポイントで彼女の位置を把握するのは不可能に近かった。
こちら側から持ち込ませたもの……通信機と時計、そしてしおり。あの3つが正しく機能していれば、まだ特定できる可能性はある。マキナがそれらを捨てていなければの話だが。

「もう一度入口を開け……いや、ここから私が居なくなるのは危なすぎる、それこそ2人揃って帰ってこられなくなる……くっ……」

お守りとして渡した通信機、時計、そしてしおり。それはマキナに結ばれた命綱だった。命綱は錨に繋がっており、世界にマキナが流れて行かないように繋ぎとめている。
そして、錨はスーだった。だからこそ、この世界から離れて探しに行くことができない。錨が動いてしまっては意味がない。

「まだ命綱は残ってるはず。こっちから手繰って引っ張り上げて……出来るか……?」

スーは髪を鷲掴みにし、頭を抱えた。助けに行く算段を建てるにも、ここで待つ判断をするにも、情報が足りない。足りなさすぎる。
そんな時、通信機から着信音が鳴り響いた。あちら側からの着信は久しぶりだった。スーは一瞬迷い、応答のボタンを押す。

「もしもしマキナ!?今どうなって……やっぱりだめかぁ。」

通信機からは相変わらず間延びしたノイズしか流れてこない。諦めた表情で通信を切ろうとしたスーは、あることに気付いた。
ノイズが一定のリズムで定期的に途切れていた。
スーは考える。私の作った通信機が故障したのなら、こういったことは起こりにくいはず。つまり、あちら側が意図的にこうした通信を送っている可能性がある。ノイズしか送れないと向こうが分かっているなら……

「もしかして!」

スーはメモを取り出し、ノイズに耳を傾ける。
ノイズが3回、一拍置いてそれより長いノイズが3回、また一拍置いて最初と同じノイズが3回。その繰り返し。「SOS」のモールス信号だった。
「SOS……!マキナ!聞こえてるよ!!マキナ!!」

マイクに向かって返答するが、通信機から流れてくるモールス信号に変化はない。スーはもう一度叫ぶ。

「おーい!マーキーナー!!聞ーこーえーてーるーよー!!!」

その叫びが届いたのか、ぴたりとノイズが止まった。
続けて、またノイズが流れ出す。しかし、今まで送られてきていたSOSとは違い、短いノイズが時々途切れるパターンへと変化していた。

「そういえばマキナ、モールス覚えてなかったね……。えーと?8回、3回、4、3……」

ノイズのメモを取りながら、スーは考える。
モールスの代わりに情報を伝える手段。マキナが思いつきそうなこと。英語は苦手なはず、だから日本語に関するものだとすると……

「50音表!」

咄嗟に50音表を描き、ノイズの回数を当てはめていく。

2回、あ、か行。
3回、か、き、「く」。
9回、あ、か、さ、た、な、……ら行。
2回、ら、「り」。

続けて言葉を拾っていく。前のノイズと合わせると、「ゆつくりしやへつて」――「ゆっくり喋って」。

「なるほど、こーれーでーいーいーー?」

スーは出来るだけゆっくりと発声する。
一瞬間が空いて、ノイズが返ってきた。

「よく ききとつた やるね」
「やるね。じゃないんだよ。さては余裕だな?」
「すこし ますいかも しようきよう せつめい」
「それが知りたかった!」

マキナの「しようきようせつめい」――状況説明が始まった。
スーは通信機を抱え、50音表とメモを行き来しながら、状況をまとめていく。

「ふむ、時間が止まりつつある街、マキナも影響されている可能性あり、ついでに通信機と時計は絶不調……と。」

相当面倒な事態になっているらしいマキナの状況に、スーは再び頭を抱えた。
とりあえず、今は状況を整理して彼女を救出する計画を立てるしかない。

「マキナ!とりあえずこっちで助ける計画を立てる!マキナは安全そうなところに避難して――」

スーの言葉を遮るように、ノイズが流れ出した。

「たいしようふ かえる けいかく ある」
「計画?こっちに帰るための?」
「しかんを もとす すーさんの まねをする そして かえる」
「……は!?ちょっと待ってそれだけ!?」
「よろしく」
「マキ!こら待っ――ああもう!」

唖然とするスーを残し、通話は切れた。

5.計画の前に

「つ、疲れた……」

計画を伝え終わったマキナは通信を切り、バッグへ入れる。現在地は以前、初めて木とミサイルを見た建物の屋上。あの管理人室から移動しながら50音表を叩いていたため、頭も体も疲れていた。

マキナは大きく息を吸い、ふう、と深呼吸する。未だに夕焼けの空は、変わらず団地とミサイル、そしてあの木を照らしていた。
マキナはバッグから紙束を取り出す。それは管理人室から持ち出した、書類の束だった。

マキナの計画はシンプル。「時間の流れを合わせ、元の時間の流れに戻ったタイミングで世界を渡る」それだけ。
紙束を読み返し、この団地の顛末と、計画を再確認していく。

まず、時間の流れがおかしくなっている原因は、やはりというか、あの木だった。突如としてこの世界に現れた、時間そのものを食べる木。
『時食みの木』と名付けられたその木を研究していた研究所は、あの根の中心に呑み込まれ、瓦礫と化している建物。

そして、その研究所の成果がこの団地――『時食団地』。時食みの木に時間を食べられた物体は徐々に動きが鈍くなり、最後には完全に停止する。この性質を利用して、経年劣化や定期メンテナンスといったコストを軽減しようとした実験都市、それがこの時食団地だった。

しかし、その研究は失敗した。木はある日、急激に研究所の時間を食い尽くし、一晩で巨大な木へと成長した。木は大きさだけでなく時間を食べる速度も成長し、研究所を中心に次々と団地は静止していった。

団地から住民を避難させたのち、軍による伐採作戦が実行されたが、これも失敗。成長し無機物だけでなく生物の時間までも食べられるようになっていた木を目前にして、突入した部隊は車両ごと静止、帰還者は居なかった。その後、軍は設営した拠点ごと放棄して撤退したらしい。

その放棄された拠点に目を付けたのが、管理人室のメモの主。彼はあの木に復讐するべく、あの管理人室に籠もり、個人的に研究を進めていた。研究の過程で、完全に静止するまでの時間は無生物より生物のほうが長いこと、まだ動いている生物が触れれば無機物を動かせることを発見した彼は、軍の残したミサイルであの木を破壊しようとした……いや、している最中だった。

彼によると、時食みの木に食べられた時間は消えて無くなった訳ではない。時間はあの木の内部に溜められ、あの木の急激な成長に使われていると考察されていた。ミサイルであの木を破壊できれば、吸収している元凶が消え、溜められている時間が溢れ、この世界に時間が戻るらしい。

マキナの計画は、この計画をさらに利用するものだった。

あのミサイルが時食みの木を破壊した際に、溜められていた時間が溢れ、この世界に時間が流れ出す。この時間の再始動を利用し、元の世界と時間の速度を揃えて世界を移動する。

時間の速度が揃っていない状態では、並行世界へ干渉した際に急激な時間の速度のギャップからどういう影響があるかわからない。さらに移動に慣れたスーとは違い、マキナはまだ初心者であり、加えてピンポイントに元の世界を狙う必要がある。難易度を考えると、どうしても時間の速度をはじめとした環境を元の世界と近づける必要があった。

マキナは計画の確認を終えると屋上へテントを広げ、キャンプの用意を整えていく。

管理人室の彼のメモから推察した結果、ミサイルの着弾までざっと計算してまだ3日はある。計画を練るには十分な時間だが、待つには長い時間だった。

シートを広げてチェアを置き、折りたたみのテーブルを開くと、焚き火台へ着火し、ステンレスのカップを載せる。

「さて、せっかくの『旅行』ですからね。」

沸いたお湯へティーバッグを入れると、ふわりと紅茶のいい香りが漂ってきた。
マキナはカップに軽く蓋をして紅茶を蒸らしながら、ナイフでパンを切っていく。ベーコンは少し切って串に刺し、焚火台の上へ。
チェアに座って周囲を見渡す。赤々とした夕焼けに天空を縫う巨大な木、空をゆっくり進むミサイル。もうこの異様な光景も見慣れてしまった。
カップの蓋を開け、ベーコンをパンに挟んで簡単なサンドイッチを作り、食べる。

「うーん。夕焼けのせいでご飯が赤一色。ちょっと映えませんね。」

ふふ、とマキナは笑う。少し気持ちが緩んだように感じた彼女は目を伏せ、集中する。
通信機と時計、そしてしおりから、何処かへ伸びる線を感じる。スーと同じように、彼女もスーとの繋がりを感じていた。きっとこれが命綱なのだろう。これを辿り、元の世界へ帰る。きっと帰れるはずだ。

ミサイル着弾まで、残り3日。食事を終えたマキナはテントへ入り、眠りに就いた。

6.マキナの異世界探訪録

あれから2日と少し。空は見慣れた夕焼け。
広げていたテントを仕舞ったマキナは、バッグから望遠鏡を取り出す。

「うーん、ほぼ当たってますよね、あれ。本当にあと少しかな。」

望遠鏡を覗くと、ミサイルの先端がゆっくりと幹に突き刺さっていくのが見えた。
それを確認すると、マキナは服装を整え、深呼吸をした。

「スーさんの真似事ですが……」

そう呟くと、大きく両手を広げ、胸の前で強く合わせる。
目を閉じ、想像する。
バッグに仕舞った通信機と時計としおり。そこから伸びる線。
線を辿って元の世界へ。
スーがやっていたように手を掲げ、世界と世界の壁を切り取っ――

ドン。

突然、唐突に身体の芯に響く低音が届く。

思わず振り返ると、ついに木へと到達したミサイルがゆっくりと炸裂している。ミサイルが炸裂していくにつれて、木を中心に、スローモーション再生が解けるように、世界が等速へと戻っていく。雲が動き出し、その側から爆風に散らされる。木は炎上し、爆風にさらされた枝はざわざわと揺れ、まるで炎に悶えているかのように見えた。

計画通り、と安堵したのも束の間。
着弾した部分から、炎に包まれる木の幹に亀裂が走り、ミシミシという音をたてて広がっていく。亀裂からは揺れるモヤのようなものが流れ出てきている。モヤは幹を伝い、下へ下へと流れていく。

モヤが地面に流れ落ちた瞬間、マキナは目を疑った。

モヤが触れた部分から、建物が急速に、風化していくように崩壊していく。
マキナが驚いている間にも幹からモヤは幹から流れ続け、呑み込まれた建物は塵となって崩れた。あれだけの存在感があった木も、幹の亀裂から塵となり、徐々に形を無くして崩れ落ちていく。ようやく動き出した夕日が地平線へ落ちていき、背後から夜が迫ってくる。まるで、世界が終わっていく様を見ているようだった。

「――あ」

呆気に取られていたマキナは、建物を呑み込み塵に還しながら、自分のいる高台の建物に迫るモヤの波を見て我に返った。まずい。このままだと私も呑まれる。

「守って!!」

咄嗟に思い浮かべたのは自らを守る円。すると、マキナの身体の中心から3つの金色の輪が広がっていく。そして次の瞬間、モヤは金色の輪ごとマキナを呑み込んだ。

「……い、生きてる。」

咄嗟に目を閉じた目を開くと、輪がモヤをせき止めている。しかし、輪の中央に居たマキナ、そしてその足元の少しの床を除いて、周囲は塵と化して崩壊していく。輪も徐々に蝕まれ、そう長くは保たないように感じる。

「今のうちに!」

マキナは再び目を閉じる。大きく息を吸い込み、ゆっくり吐く。
命綱を辿って、元の世界を想う。
右手を宙に置き、ゆっくりと線を引いて――
円は、描けていなかった。

「……っ、もう一回!」

目を閉じて深呼吸。手を宙へ置いて円を描く。
目の前の光景は変わらない。
もう一度、手で円を描く。
手は宙を滑るだけで、何も変わらない。
何度も繰り返すが、空間が切り取られることは無かった。

マキナの周囲で、悲鳴のように輪が軋む音が聞こえる。
ガラスが割れるような音とともに、3つの輪のうち、1つが砕け散った。
残った輪にも少しずつ亀裂が走っていく。限界が近いのだろう。

背後に迫る崩壊の波、世界の終わりに思考が絡めとられる。
恐怖を振り払うため、マキナは自らの頬を叩いた。

「集中!もう一度!」

マキナは目を閉じ、考える。
スーさんがやったこと、自分が出来ていないこと。
スーさんが入口を開いた時、なんて言っていたっけ。

再び鈍い音がする。
背後で2個目の輪が砕け散った音だった。
金色の破片は急速に色を失い、塵に還っていく。

その金属がねじ切れるような音を聴いた瞬間、マキナの脳裏に1つのアイデアが浮かんだ。

今マキナ自身を守っている金色の輪。1つしか残っていない、今にも砕け散りそうな輪。
これはどうやって生み出した?

あの時、咄嗟に身を守る為に……咄嗟にイメージして、それを実現させた。だったら。

マキナはおもむろに目を閉じる。
不安はもう無かった。いつの間にか、不思議と心は落ち着いていた。
ゆっくりと深呼吸し、再び目を開く。
マキナの瞳は、翠色から輝く金色へと変わっていた。

マキナはくるりとこちらを振り向き、右手を掲げた。不都合な現実を覆い隠すように。
彼女わたしの目の前に広がっているのは、変わらず、危機的状█████████後の輪はひび割███████け散りそうだ。

これは認めません。

亀裂はついに輪を覆い、最後の輪はあっけなく砕████████████。輪が消えたマキナはモヤに呑█████████████

これも認めません。

███████████████████████████████████████。███████████████████████████、██████████████████████████。
███████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████。
████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████。


気を取り直して。私の目の前には、完全な形へ復元された3つの輪がある。
輪はモヤによって浸食され、亀裂████████████
しつこいです。これは私の物語。私の好きなようにさせてもらいますよ。

輪はモヤを堰き止め、私と、私の周囲の崩壊を防いでいた。

これでしばらくは時間が稼げる。次は、世界の壁を取り払わなければ。
切るもの。ナイフ。いや、もっと鋭いもの。剣、剣にしよう。
右手にぐっと力を籠め、イメージする。イメージした剣を手元へ、現実を塗り潰してこの世界へ上書きする。
握った右手に目をやると、白く鋭い両手剣が握られていた。

両手で構え、どっしりとした重さに頼もしさも感じる剣を振りかぶる。
目の前の景色はスクリーンだ。この世界の映像現在が映っている大きいスクリーンだ。この鋭い剣なら、これを切り裂けるだろう。
力を籠め横一線に大きく振り抜いた剣先が、世界スクリーンへ刺さり、引き裂いていく。紙を破くような、布を裂くような音がする。続けて手首を返し、剣を縦に振り上げる。空間スクリーンは十字に切り裂かれ、ひらひらと揺れながら開いた。中には白く揺らめく空間が広がっている。よし、帰り道の確保が出来た。

次、と手元のバッグへ視線を落とす。バッグからは3本の命綱が伸びていた。命綱の片側は、がっちりと自分の身体とバッグに結びついている。あまりにもしっかりと結ばれているため苦しさも感じるが、より大きい安心感も感じていた。命綱のもう一方は十字に切り裂かれた空間の奥へ奥へと伸びている。

伸びている命綱はつり橋を支えるロープになった。私の世界まで繋がるつり橋が目の前にある。植物の蔦のようにロープが互いに絡み合い、編み込まれるようにして奥へ続いている。これならほどける心配もなく、歩いて渡っていけるだろう。

輪に食い止められているモヤを背に、つり橋へ足を掛ける。少し揺れるが、しっかりとした強度を感じる。落ちる心配は無さそうだ。
歩みを進めていく。周囲は白いまだら模様が揺れ動いている。空間の広さはわからない。振り返ると、いつの間にか十字に切り裂いた入口は見えなくなっていた。だが、このまま進んでいけばきっと私の世界へたどり着ける。

そういえば。

つり橋は切って落とすことで敵の進軍を阻む役割があると小耳に挟んだことがある。渡り切ったらこの橋を落とそう。あの世界、あのモヤは危険すぎる。

その時、彼女の脳裏に1つの不安が過ぎった。
つり橋を落とす。それはマキナ以外にも出来ることのはず。

例えば、あのモヤ。

思い浮かんだ不安を振り払おうとした瞬間、マキナの足元が大きく揺れた。

振り返ると、つり橋は片側の支えを失い、奈落の下へと吸い込まれている。
大きく傾いたつり橋はほぼ垂直になってしまった。
マキナは滑り落ちないよう咄嗟につり橋のロープを掴むが、ロープは虚空に呑み込まれた下から徐々にほつれてきている。やがてほつれは彼女の手元まで迫り、するりとロープが手から離れた。マキナの身体は一瞬宙に浮き、自由落下を開始する。

「しまっ――」

次の瞬間、手首を掴まれて落下が止まる。
出発の時に見たのと同じような、円く切り取られた空間。そこから身を乗り出し、スーがマキナの手首を掴んでいた。

「まったく、詰めが甘い。……おかえり。」

安心しきったような笑みを向け、スーはマキナを引き上げた。

「はあ、どっと疲れました。……ただいま戻りました。」

スーに向き直ったマキナの瞳は、元の翠色に戻っていた。

7.エピローグ

見慣れた、白い箱で囲まれた世界。マキナの自由帳であり、遊び場であり、彼女の世界そのもの。
そしてその世界の主たる少女は今、正座をして叱られていた。

「さて、何か言うことは。」
「……ただいま?」
「違う!」

スーは頓珍漢な答えを返すマキナの頭を軽く叩く。

「計画のこと!帰ってこられたから良いけど、杜撰すぎ!」
「はい……」
「通信機が不調なのはあるけど、ああいう時は私の意見をちゃんと聞くこと!」
「はい……」
「でもちゃんと自力で世界移動できそうだったね。そこは偉い。」
「は……えっ。」

予想していなかった誉め言葉に、マキナは顔をあげる。

「あそこで失敗したのは、『道を作って移動しようとしたから』かな。」
「と言いますと。」
「出かける前に説明した原理、覚えてる?」
「……。」
「よし、もう一度簡単に説明しようか。」

スーは「足崩して良いよ」とジェスチャーすると、軽く咳ばらいをした。

「例えば。夜、少しだけ開いたドアの奥に、誰かいるかもしれないと思ったことは?」
「閉まっている個室。その中に居る人を想像したことは?」

「そういう『誰かいるかも』の『誰か』は人の想像の隙間であり、世界の空欄なんだ。」
「大抵は空欄のまま終わる。でもこの空欄に私やキミを『書き込む』ことができたら?」

「そういう空欄は色々な世界に存在する。想像する人がいる限りね。それを利用して移動するんだ。」
「だから、途中経路は存在しない。私たちの世界スタートと書き込んだ世界ゴールしかないんだよ。」
「今回のマキナは『道を作って』帰ろうとしたから、ゴールが道になっちゃったんだね。」

ふとマキナは出発時の事を思い出す。確かに、入口を通った先はすぐに異世界だった。
帰り道、橋が落ちた時にスーに腕を掴まれなかったら。橋が落ちなくても、あのまま歩き続けることになっていたら。マキナはぞっとした。
スーが助けてくれたことに安堵し胸をなでおろすと、とある疑問が浮かんだ。

「はいスーさん。質問。」
「移動のためには、人の想像する、世界の空欄とやらが必要なんですよね。」
「私の移動先、人……というより生命の雰囲気を感じなかったのですが。」

あの世界の夕日が止まっていたことを考えると、時食団地もその住人も、そして世界すらも、全て時を食べられ静止してしまっているはずだった。

「おかしいな。本当に何も居なかった?」
「ええ。あとは例の木くらい……」

そう呟いた瞬間、奇妙な推論が思い浮かんだ。

時食みの木、あれはあの世界に突如現れたものだったはずだ。
理由は?――簡単、餌場あの世界を見つけたからだろう。
木は世界にどっしりと根付き、研究所の時間を、団地の時間を、世界の時間を貪りつくした。
では、餌場から餌が無くなったら?――当然、もっと食べたいと思うはずだ。
もっと時間を。何かの時間を。『誰か』の時間を。

「あそこで燃えてくれて本当に良かった……」
「何か言った?」
「いえ、約三泊四日の旅にしては疲れたな。と思いまして。」

そう聞くと、スーは目を丸くした。

「え、それ本気で言って……あー、そっか、時間が遅くなってたからそんなものなのか……」
「えっ何か変なこと言いました?」
「あー、マキ。カレンダー見てみ。ほれ。」

スーから投げ渡されたカレンダーを見て、今度はマキナが目を丸くした。出発してから一ヶ月弱が経過している。

「え、あ、なんで。」
「そっち、時間の流れが遅くなってたでしょ。こっちは3週間くらい気を揉んでたってのに。」
「あ、わ、私、相当心配をかけていたのでは……?」
「そうだよ。えーと、ほれ。『マキナさんがいなくてさみしいたけ』『マキナさーん』とかとか。」

スーから今度はスマホが投げ渡された。画面には、とあるSNSの、マキナに関するつぶやきが表示されている。

「あわわわわ……あ、DMも来てる、結構前に……」
「おおー、顔面蒼白といった感じだね。帰れなくなったときより焦ってるんじゃない?」

マキナはやや涙目になりながら、ゆっくりとスーに振り返る。

「……今度は1ヶ月くらい前の世界ここに旅行できませんか?」
「私でも時間遡行は流石に無理。諦めて挨拶回りしてきなさいな。」
「う、わかりました。とりあえず、文面が重くならないように戻りたいですよね、えっと……『これは秘密の話なんですけど、日付変わったくらいに――』」
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