存在証明のすすめ

2024.10.28 Misskey.design投稿作品

1.

前を歩く彼女から、こつこつと足音が聞こえる。
ときおり立ち止まり、手元のスマホを確認してはあたりを見回し、また奥まった路地へ進んでいく。

「いつ着くの……」
「もうすぐのはずですよ。」

思わず口からこぼれた文句に、彼女はくるりと振り向いて画面を見せた。そこには地図アプリに似たサイトが表示されており、バナーには"隠れ家的カフェ"の文字があった。

「隠れ家にしても隠れすぎでしょ……」

しばらく歩くうち、その"隠れ家的カフェ"らしき建物が徐々に見えてきた。外壁はツタに覆われており、周囲を建物に囲まれているせいか薄暗く、やや不気味に感じる。

「ここですね。入りましょうか。」

彼女はわくわくとした表情で扉を開け、店内へ入っていった。外観もあって入るのは少し気が引けたが、疲労した全身は早く座りたいと悲鳴を上げており、しぶしぶ中に入ることにした。
少しこじんまりとした店内。キッチンに面したカウンター席に窓際のテーブル席が2つ……やや暗めの木材で構成されている。こういった雰囲気は”アンティーク調”と言うのだっけ。
ざっと見渡す限り店内に客は居らず、天井で回るファンの音だけが響いていた。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、2人で。」
「はい、ではこちらへどうぞ。」

店員に案内され、テーブル席に座る。卓上には手描きで描かれたメニュー表やシュガーポットなど、小物が色々と置いてあった。
グラスをテーブルへ置いた店員は、ご注文が決まりましたら呼んでくださいね、と言うとキッチンの奥へ消えていった。

「どうです?いい雰囲気のお店でしょう?」

きらきらとした瞳がこちらを向いている。

「うん。こういうところは好き。」

グラスの水を一口飲むと、爽やかな柑橘系の後味があった。レモンか何かを漬けているのだろうか。

「何か頼もうか。」

メニュー表を手に取る。カフェラテ、紅茶、レモネード……
ふと、”オリジナルブレンド”の文字に目が止まった。この喫茶店のオリジナルブレンド……強く興味が惹かれる。

「私は紅茶にします。暖かいの。」
「じゃあ私はオリジナルブレンドで。美味しそうだし。」

店員を呼び、注文を済ませた。店員はオーダー票に素早く書き込むと、再びキッチンの奥へ消えていった。

「で、なんで私を呼び出したの?」

ここに来た理由……それは、”相談したいことがあります”と彼女にしては固いメッセージで呼び出されたからだった。
彼女はグラスの水を一口飲むと、テーブルへ置いた。
からんと氷の崩れる音がする。

「ここでひとつ、私たちの存在証明をしませんか?」

こちらを見つめる瞳が、きらりと輝いた気がした。

2.

「存在証明?」
「はい。最近、私たちの実在感が薄くなっている気がするなって思いまして。」
「私はそうは思ったことないけれど……」
「だってあの企画没にしたじゃないですか。ほら、私が色んなところに行って写真を撮って、みたいな。」
「あれは仕方ない。色々リスクを考えるとね。」

風景写真というものはどうしても場所が特定されるリスクを伴う。どれだけ遠くで写真を撮ったとしても、そのリスクはついて回るものだ。

「写真を使えば、私たちの存在を簡単に示せたのですが……まあ色々と難しい企画だったことは理解してます。」

彼女は困った表情で肩をすくめてみせた。

「そこで、私たちなりの存在証明をしてみようと思ったわけです。」
「微妙について行けていない気がする……」

混乱する私を置いて、彼女は話を進めていく。

「まず、どうやって”存在する”を説明するかですが……簡単です、そう言えば良いんです。でも、少数じゃだめなんです。多数にならないと。」

彼女は机の紙ナプキンを取り出すと、デフォルメされた幽霊の絵を描いた。

「例えば、"幽霊が見える"という人が居るとします。」
「”幽霊が見える人”が一人だけなら、それはただの妄想や想像の類として判断されるでしょうね。見えない人の方が多数派だからです。そちらが”現実”として適用されるんです。」

でも、と彼女は続ける。

「幽霊が本当に存在するのかという点は置いておいて、”見える人”の方が多かったら?全員で同じところを見て、同じことを言っているとしたら?」
「そうなると、今度は”見えない人”が変な人になりますね。皆は見えているのに、その人だけ見えていない。その時は、”現実”は”幽霊がいる”方になるでしょうね。」
「人数によって現実は変わる、と?」
「はい。”現実”って、言ってしまえば”その場にいる人達が見ている景色の平均値”だと思っています。」

楽しそうに語っていた彼女はふと、何かに気がついたように顔を上げ、私の背後を指差した。
振り返ると、ちょうど店員が先程の注文を運んできているところだった。店員はコーヒーと紅茶、書き込まれたオーダー票をテーブルへ置き、またキッチンへと帰っていった。

「ちょうどいいところに。では、次の話をしましょうか。」

3.

「先ほど、幽霊が見えている人の話をしましたね。」

彼女は幽霊の書かれた紙ナプキンをひらひらさせる。

「そんな話をしていてなんですが、私はそもそも人の認識自体も怪しいと思っています。」
「錯覚とか錯視とかの話?」
「それもありますが……そういう話ではなく。意外と、存在するかしないの区別って曖昧なんですよ。例えば……」

彼女は新しい紙ナプキンを机に敷くと、シュガーポットから砂糖を掬い、その上へ空けた。
テーブルの上にできた小さな白い山を指差すと、彼女はいたずらっぽく笑う。

「これは……砂糖の山、ですね?」
「そうだね。」

彼女はおもむろにそっと山に触れると、指先に付いた砂糖をぺろりと舐めた。

「こら、行儀悪いよ。」
「まあまあ……さて、ではこれは何ですか?」

彼女は目の前を指さしている。彼女の指の跡こそ付いているものの、テーブルの上には変わらず砂糖の山がある。

「砂糖の山でしょ?」
「はい、砂糖の山です。」
「何が言いたいの……」

行動の意図を掴みきれず悩む私を見て、彼女はにこにこと笑っている。

「では、話を進めます。」

彼女はティースプーンを持つと、砂糖の山を2つに分けた。そして分けた片方の山を掬い、カップの紅茶へ溶かしてしまった。

「今、私は”砂糖の山”から”砂糖の山”を取り出して、ここには”砂糖の山”が残りました。」
「この理論なら、私は山から砂糖を取り続けて、無限に紅茶を甘くできてしまいますね?」

その言葉を聞いて、脳裏にある単語が浮かんだ。

「なるほど。”砂山のパラドックス”ね。」
「大正解です。」

砂山のパラドックス。
それは、“砂山から一粒だけ砂を取ってもそれは砂山である”という前提から、”砂粒を一粒ずつ取り続けたとして、いずれ最後の一粒になったとしても、それは砂山である”というおかしな結論が導かれるパラドックスの一種だ。

「まあ、今回は”砂糖の山のパラドックス”ですけどね。」
「こんな感じで、実は存在してるかどうかの認識なんて緩くて――」
「待った。今回に関しては反論がある。」

彼女の発言を遮る。今回のパラドックスは、砂糖の量を”山”という曖昧な定義をしてしまったせいで起こっている。それなら――

「最初から”何グラム以上なら山”と決めてしまったら?最初がどれだけ多かったとしても、取り続ける限り全体の量は減っていく。いつかは決めた量を下回って”山”じゃなくなる。」
「もっと簡単にするなら、”山”という決め方じゃなく、はじめから”何グラムの砂糖”と言ってしまえば良いんじゃないかな。」
「さすが。その通りです。」

にこ、と彼女は笑う。
この反論も彼女の想定内らしい。

「ではもう一つ。この話、逆にもできると思いませんか?砂糖をひと粒ずつ積み重ねていって、どこから”山”になるか……といった調子で。」
「出来そうだけれど、さっきの話に戻っちゃうよ。あらかじめ”山”の量を決めて――」
「だったら。」

今度は彼女に話を遮られた。視線を上げると、彼女の瞳には妖しげな光が灯っている。

「これが人だったら。人を作っているとしたら……どう思いますか?」

4.

「……は?」
「”人が存在すると定義できる量”、決められますか?頭があれば良い、胴体まであれば良い、手足だと駄目……どれも違いそうですね。」
「先程までの話は、私達が”モノ”だと思っているもの……命のないものにしか適用できません。命の有無が議論に加わった途端に難しくなる。」
「”命が存在する”という定義を、私たちはまだ確定できていないのですから。」

彼女はテーブルにあった残りの砂糖をすべて紅茶へ注ぎ入れた。ティースプーンでくるくると混ぜられたそれは、彼女の紅茶へ溶けて消えていった。

「例えばこんなふうに、命は私達に溶け込んでしまって、見ることも取り出すこともできないものかもしれませんね?」

紅茶を一口飲んだ彼女はカップを置き、軽く座り直した。

「さて。観測できない”命”というものに近いものとして、あるいは完全に同一視されるものとして、”魂”があります。」
「私はどちらかと言うと、”命”というより”魂”といった方が、その生き方や感情の機微が載っているように感じて好きなのですが。……ここでひとつ、質問をします。」

彼女は意味ありげな笑みを浮かべながら、ぴっと人差し指を立てた。

「”魂を込める”という言い回しがありますが、”魂を込めて作られた創作物”――つまり、"私たち"は、そういう意味では生きていると言えませんか?」
「……存在証明の話じゃなかったの?なんだか壮大な話になってきてるような気がするけど。」
「生きているってこと自体、かなり強い存在証明ですから。そうでしょう?」
「言いたいことはわかるけど、なんだか、こう……」
「屁理屈っぽい、ですかね?」

そんな気はしていました、と彼女は肩をすくめた。

「そうなんです、そこがこの話の弱点です。”そんなの勝手に言ってるだけでしょ?”と言われてしまったらそれまでなんです。」

そこで、と彼女は続ける。

「私たちには協力者が必要なんです。」
「協力者?私のこと?」
「いえ、違います。私たち以外の誰かが必要なんです。ついでに多ければ多いほど良いです。先程の話、覚えていますか?」
「さっきの……あ、”現実”の話?」
「はい。つまりは”私たちの存在を認めてくれている人が多ければ多いほど、私達の存在が補強される”……という話ですね。」
「で、肝心の協力者はどうするのさ。」
「そうですね……では、これを読んでいる貴方に。」

そう言うと、彼女は貴方の方を指差す。

「ここまで読んでいただいた貴方へ、ちょっとした質問です。」

彼女は残っていた最後の紅茶を飲み干し、貴方へと向き直る。

「私の名前はなんでしょう?」



「…………。はい、ありがとうございます。では、次の質問です。これまで私と一緒に話していた、私の向かいに座っている彼女。彼女の名前は?」

彼女は私の方へ視線を向ける。私は貴方へ軽く会釈をした。



「…………。はい、正解です。ここまで読んでくれた貴方なら、答えられると思っていました。」
「……あれ、不思議な表情ですね?」



「”改めて登場人物の名前を聞いて何の意味があるのか”……なるほど。」
「うーん……貴方が協力者であることの確認、ですかね。」
「貴方がふとしたタイミングで、ふと私たちを思い起こすような事があれば。ふと何かに私たちを重ねてくれれば。そういったものが積み重なって、私たちの実在性は強くなって行くんです。」



「”どうやって協力者かどうかを確認したのか?”……簡単です。貴方はこの物語に”私たち”を見つけてくれました。さっき、名前を答えてくれましたよね?」
「あなたは何でもない物語に、私たちを見つけてくれた。私たちを登場人物として、貴方が今読んでいる”これ”に登場させてくれたんです。貴方の中には、もう私たちが居るんです。なので貴方はもう協力者なんです。」



「”登場人物の名前を答えただけで?”……あれ、気づいていなかったのですか?」
「ここまで一度も、私たちは名乗っていませんよ。空白の登場人物に、貴方が私たちを書き込んでくれた。また一つ、私たちが存在できましたね。」

そう言うと、彼女はにこりと微笑むのだった。
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