2023.3.16 Misskey.design創作企画「さよなら あるは団地」参加作品
手元にはまだ湯気を出しているコロッケがひとつ。サクサクの衣と優しい味が気に入っていた。
1階の総菜屋でコロッケを買って、公園のベンチに座って食べる。いつからか始まった帰宅前の習慣。
ここは自分の住まい、有波団地……あと1か月程度で解体される。原因は老朽化だったか。
「引っ越し先も見つけないとな。ここ、立地良くて好きだったんだが……。」
コロッケを片手に、手元のスマホで引っ越し先を探してみる。
マンション、一戸建て、新築、中古……。
そこでぱつんと音を立て、スマホの電源が落ちる。
「しまった……。このスマホ、いよいよバッテリーの持ちが悪くなってきたな。」
「やぁ、こんにちは。」
不意にスーツ姿の女性に声をかけられた。見慣れない顔だが、彼女も仕事帰りだろうか。
「あ、こんにちは。」
「隣に座っても?」
「どうぞ。」
「ありがとう。……そのコロッケ、結構人気らしいね。」
「みたいですね。よくここの人が買っていくのを見ますよ。美味しくて私も好きなんです。」
「へー、流石は老舗の味。3代も続いてるだけあるなぁ。」
「知らなかった。そうなんですか?」
「うん。さっき教えてもらったんだ。長い付き合いなんだって。」
「なるほど……?」
長い付き合い、という言葉に違和感を覚えるが、ふと手元のコロッケが目に入る。
そういえば、団地と一緒にあの総菜屋も解体されてしまうのだろうか。
そうなるとこのコロッケともお別れになってしまうのだろうか。
「おや、大丈夫?ぼーっとしてるけど、お疲れだったかな?」
「いえ、少し考え事を。」
「考え事ねぇ。それはこの団地の解体のことかな?」
「解体のことを知ってらっしゃるんですね。あなたもここに住まれているんですか?」
「いや、私は住人じゃないよ。関係者だけどね。」
「関係者?大家さんの親戚ですか?」
「不正解。当てられるかな?」
「解体の業者さん?」
「違うなぁ。似たようなものだけどね。」
大家さんの親戚でも、解体の業者でもない。
それでいて関係者となると……もう思いつくものは無かった。
「うーん……すみませんが分かりません。教えていただいても?」
「ギブアップが早いなぁ。しょうがない。」
「私はね、看取り屋だよ。この団地の最期を看取りに来たんだ。」
「看取り屋?団地を看取りに?どういうことです?」
「どこから説明しようかな……君は『付喪神』を知ってるかな?」
「えっと、長く使われていた道具が妖怪になる……からかさオバケみたいな。」
「そうそう。それで私はその付喪神たちを看取って、あの世に案内する仕事をしてる。」
「看取るというと、妖怪も死ぬことがあるんですか?あまりそういったイメージはないですが……。」
「普通はそのまま神様とかに変化するんだけどね。時々、この形のままが良いって言って、物のかたちのまま最期を受け入れることもあるんだ。」
「それは……どうしてですか?」
「人に愛されたかたちのままで最期まで、ってことらしいよ。この団地も長い間ずっと愛されてたみたいだね。」
有波団地ができたのは確か1960年代。はるか昔から人々の暮らしを見守り、人々に愛されてきた。
ファンタジーのような話ではあるが、付喪神になったと聞いても妙な納得感がある。
「そう……なんですね。あなたが来たということは、団地はもう?」
「いやいや、今日は本人の意思確認。ちょっとお話してただけだよ。コロッケのこともそこで教えてもらったんだ。」
「というと、長い付き合いというのは……」
「あの総菜屋さん、団地ができてすぐ位に開店したらしいからね。住んでる人以外にも沢山の人が見られて嬉しかったって。」
そう言うと、彼女はふと立ち上がった。
「さて、もう遅いからね。今日の仕事はこれで終わりにしようかな。そのコロッケでも買って帰ろっと。じゃあね。」
彼女はそう言って軽く手を振ると、総菜屋の方へ歩いて行った。
言われてみれば、日がもう落ち始め、空はゆっくり茜色から深い青色に変わり始めていた。
「付喪神とその看取り屋……ね。」
手元のスマホに目を落とす。
「君は付喪神になるのか?……なんてな。」
バッテリーが切れたスマホは、すっかり冷えてしまっていた。